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耳の洞窟

耳かき職人

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耳かき職人

僕は京都に住んでいるしがない大学生だ。
京都に「人間国宝に指定された竹細工の名匠がいるらしい」と
聞いて取材に伺うことにした。
電車を乗り継いで数時間、京都の山の奥に僕はやってきた。

名匠の名は、碧翠斎竹林(へきしょうさいちくりん)先生。
はるか戦国時代の昔から、その名を受け継いできたという。
そこはうらぶれた雰囲気の甍(いらか)だった。
竹林先生は白い髭をたくわえた乞食老人という
風体だったが、よくよく見ると
仙人のような清楚な雰囲気と神々しい威厳を備えていた。
白い眉を上げ、「…細工が見たいとな?」
竹林先生は、黒い節くれた野太い指にも似合わず、
繊細でひきしまった竹を自在に操っていく。



素材となる竹が採れる竹の林は、
途方も無い昔から、ただ竹細工のためだけにある。
そこには、曲がった竹は一本もない。
すべてがまっすぐ天に向かって伸びていた。
竹はどれも、人間の手で一掴みできるほどの太さだった。
そして、竹の色は艶々した碧(みどり)だった。
竹の林は整然と手入れされており、
林の奥からは霧のようなひんやりと
したものが押し寄せてきた。

竹林先生は、竹の林に向かいあわせて神に祈った。
物作りの前はいつもこうして祈るという。

―――題は「耳掻き」である。

竹の林から切り出した竹を、
屋根の梁(はり)の上に置いて「すす」をつける。
今回使う竹は、驚いたことに100年前のものだ。

100年かけて煤(すす)をつけ、
充分に水分を飛ばし、粘りのある竹に仕上がっているそうだ。

手を真っ黒にしながら、
竹林先生が竹を梁からおろしてきた。

よく手入れされた鉈(なた)で、
サクッサクッと縦割りにしていった。
割り箸ほどの大きさに切りそろえたら、
鈍(にぶ)く紫色に光る小刀で形を整えてゆく。
シュカッ..シュカッ..シュカッ..シュカッ..シュカッ..
削る音が甍の中に小気味よく響いた。

ほとんど耳掻きの形になったようだが、
ここからが正念場だ。

秘伝の菜種油のランプに火を点ける。
ジジジ....
先端を火にかざすと、竹がやんわりとなってくる。
金属の器具で先端を少しずつ曲げていった。
先端は絶妙な曲線をえがいた。

耳掻きに力が加わったとき、
しなやかに曲がるように柄の部分の一部を細くする。

最後にヤスリをかける。
シュッシュッ......シュッ...シュッシュッ...

―――出来上がった。

これほどすばらしい耳掻きがあるだろうか?
耳掻きははかない桧皮(ひわだ)色に染まっている
にもかかわらず、力強いしなやかさを秘めている
ようにも見えた。

最後に「御神水」といって、
近くの沢から汲んできたさわやかな水を
竹林先生は耳掻きに振り掛けた。

「軽い…全体的にやわらい曲線だが鋭さを感じる。」
僕はそれを手に持っただけで、
耳に差し入れ、掻き出さずにはおられない衝動におそわれた。
-おそらく、これだけの品物、 気持ちよく耳の中から掻き出すに違いない。
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