私の父は名の知れた書道家だ。
ある日、私は父の書斎で探し物をしていた。
すると、「フワッ」と何かが宙に舞った。
それはとても薄くハラハラと落ちていった。
よく見ると和紙だった。
「うわぁ…」
今まで見たことがない和紙だった。
和紙は、とても繊細で白く輝いていて
まるで絹糸で織られているように見えた。
昔話で聞いたことのある「天女が落としていった羽衣」を
私は思い起こした。
それがあまりにも美しいので、ドキドキしながら
それを自分の部屋に持ち帰ってしまった。
その和紙はあと何ヶ月か先に開かれるはずの
墨粋展(日本でも有数の書道の祭典)で使うために
父が新調したものに違いなかった。
和紙を触ると……パリパリとかすかに鳴った。
鼻をあててると楮(こうぞ)のほろ苦い香りがする。
少し引っ張ってみると、薄いのに強くてやぶれる様子はなかった。
―――こういう良い物に触れると癒されていく。
「こより」を作ってみた。
クルクルクルクルクルクルクル.........
紙の「コシ」が強くてなかなか形にならない。
さて、先端がとても鋭いこよりになった。
それを私は耳に差し入れた。
耳穴の表面の毛に触れて、
カサッ..ゴソ....ゴソゴソ..........ゴソゴソゴソ.......
カサ...........カサ.........コソッ..........カサッ........
ゴソ....ゴソゴソ..........ゴソゴソゴソ.......
こそばゆい!!!
鋭いこよりの先端が耳に入ってくると
弾力のある耳の毛が押し返していた。
何日も耳掃除をしていないせいだろうか、
粉のようなものが出てきた。
パラッ
こんどはもう少し奥に入れてみた。
ゴソッ..........
ビクッ背筋が一瞬凍った。
鼓膜に触れたようだった。
突然、涙腺がキーンと痺れた。
そして透明な鼻水が流れてきた。
すこし刺激が強かったようだ。
目の奥がウズウズしていた。
めげずに反対側の耳にも差し入れた。
コロ......コロ.....コロ................
何かが耳の中で転げている。
それは固まった耳垢に違いない。
それをこよりでは取り出せない。
コソコソ.........コソ........コソコソコソ...........
コロ.....コロ......
歯がゆい!!
耳かきが欲しかったが、手元には無かった。