(うーん・・)
――・・グリ、グリッ……ガサ……
「ちょっと、やめてよソレ」
前触れもなく、ノートパソコンを見ていた彼女から突然のクレーム。
睨むというほどじゃあないにせよ、少しとがった唇に彼女のフキゲンさが現れていた。
「何?どうしたの?」
「どうしたの、じゃないよ。耳を指でほじったりするなんて、みっともない」
「ああ、そういうこと」
ついつい痒みに負けてまたやってしまっていたが、確かに他人から見ればいい光景とは言えない。意図してやっているわけじゃないからもはやクセになってしまい、尚更悪く見えるのだろう。
「そういうこと、じゃないよ、もう……またでしょ?」
「ごめんごめん」
平謝りするが、彼女のフキゲンな様子は直った気配がない。
「・・こっち来て、」
「え?何?何する気なの?」
「いいから、早く」
「・・どうしてこうなった」
「あなたのせいでしょ」
「いや、それはわかるけど」
てっきり不作法を叱られるかと思いきや、今自分は頭を彼女のフトモモに頭を乗せて・・いわゆる膝枕の姿勢になっている。
ホントにどうしてこうなった??
「みっともないトコ見せられるくらいならこうする方がいいもの」
「そういうもんなの?」
されている方はともかく、膝枕って重いからけっこうツライって聞いたし、そもそも耳かきなんてしたら汚いのを直接みることになるんじゃないか?
「もう、いいから黙って耳かきされなさい。・・ああ、やっぱり」
「やっぱり?けっこうたまってるの?」
「・・説明するより見た方が早いかもね。じゃ、入れるよ」
見る、ってどういうことなのか聞こうかと思ったけれど、もう耳掃除が始まるのでおとなしくしていることにした。
――カリ・・カ、カリッ、カリ……
耳の中で、竹のさじが触れる乾いた音とくすぐったい感触が奔った。
やっぱり人にしてもらうのは気持ちいいけれど……。
「ねえ、もうちょっと強くしてくれないかな?」
ひっかく強さが少し物足りない気がする。
「そうはいかないのよ、ちょっと待ってて……」
――カ、ガリ・・カリ、カリッ…!
「ん……!」
弾けるような音が、耳の中で響いた。それと同時に、かゆいところがスッキリする快感がフワリと広がる。
「とれた?」
「うん、ほら」
少し顔を動かしてティッシュに置かれた耳垢を見てみると、白い薄紙の上には部分的に赤黒くなっている薄黄色の耳垢があった。
「黒くなってるでしょ?たぶん血がひっついたんだと思う。爪でひっかいたりしてたから傷がついてたんだよ、今もさっきあなたがひっかいてたせいで皮膚が少し赤くなってるもの」
なるほど、だから強くしてなかったのか。
「あとがと、続きやってくれる?」
「ん、いいよ」
――ガ・・カサ、ガサ・・カリッ・・カリ、カリリ……
――カサ、カリ・・カリ……カリッ・・
「溜まってる?」
「うーん・・それほどでもないかな……?」
「やっぱり掃除してたからかな?」
「・・あれは掃除って言わないでしょ……っと!」
――ガッ、ガリリッ!!
「い゙っ!?」
鈍い痛みと音が耳の奥で鳴った。
そのすぐ後、かゆみがとれる大きな解放感といっしょにジワリと涙が浮かぶ。
「・・ごめん、もう二度と指で耳ほじったりしないから」
「あ、いや、別におしおき的な意味でやったわけじゃなくて……ほら、コレ」
ひきつった笑顔を浮かべながら彼女が耳かきをティッシュの上でトントンとたたく。
色が濃く、サイズも他のより二回りほども大きい「大物」がポトリとティッシュの上に落ちた。なるほど、さっき言っていた「見たほうが早い」ってこういうことだったのか。
「こびりついてたからちょっと強くしちゃったの。ごめんね、次は気をつけるから……」
「あ、うん、大丈夫、スッキリもしてるし」
しおらしく謝る様子をみせられては何も言えない。
まあ気を付けてほしいけど自分に非がないわけでもないし。
「うん、ありがと。じゃあ、あらかたキレイになったから細かいのとるね」
明るい顔になった彼女が耳かきを置いて綿棒をとりだした。
――ショリ・・ザリ、カサ…ガサ…ジリ、カササ……!
ほとんど撫でるような感触で、小さな綿玉が耳壁を擦っていく。
「どう?気持ちいい?」
こうして優しくされてみると、あらためて自分がどれだけ耳を乱暴にこすっていたかがよくわかる。
「ちょっとくすぐったいけど、これくらいがいい」
「うん、わかった」
――ショリ、スス……ザサ・・カサ、カササ・・
――ジリ……ジリ・・ショリ……ザリリ……!
「…………はい、おしまい。じゃあ反対の耳を――」
「え?あのフワフワはやらないの?」
「え?やらなくちゃダメなの?」
「もちろんでしょ」
耳垢をキレイにするのに必要かどうかはともかく、あのフワフワは気持ちのいいものだからやってほしい。
「・・まあ、いいけど。それじゃフワフワもやるね」
――フワ、ファサ……
ゆっくりと、綿棒の綿玉よりも大きい、けれどそれよりもはるかにやわらかいフワフワが耳のなかに入ってくる。
――モフッ・・フワ、フワ……ササ…フワ……
フワフワの芯に当たらないように、彼女はゆっくりと綿毛で、耳を撫でていく。
ひっかかれ、擦られて刺激された場所を癒すように、やさしい毛先が耳道を撫でていった。
――ファサ、ファサッ……フワ…フワ……ササ、モフ……フワァ………
「・・はい、今度こそ終わったよ。反対側向いて」
「……ん、わかった」
フワフワの余韻もそこそこに、片方の耳も早いとこ掃除してもらうためにモゾモゾと身体と頭を動かした。
「んー……うわ、こっちはヒドイなぁ」
「そんなに?」
「そんなに。ここからでも見えるのがあるくらいだし。なんでだろ……?」
たぶん、利き手じゃない方だから指でも耳かきでも弄ってなかったからだと思うけれど……口には出せない。
「痛くなりそう?」
「慎重にする。けど、たぶんどうやっても少しは痛いと思うからガマンしてね」
「・・わかった」
気持ちいいんだけれど、ある程度イタイのは覚悟しなきゃならないのが耳かきだ。
さっきよりもゆっくりと、竹のさじが耳へと入ってきた。
――カリッ、ガリ…カサッ……ガザ……
「んん・・」
慎重に、耳の中がカリカリと擦られるのを感じる。
けれど妙だ、かかれる場所が微妙にかゆみのポイントからズレてる気がする。
もうちょっと奥がなんだかかゆいのに。
「奥、やってくれないかな?」
「少し待ってて・・まず、周りをキレイにしてるトコだから」
「わかった、ガマンする」
――ガサ、ガサッ・・カリ……カ、カリッ・・
――カリ……カササ、ガザ……コリッ、カリッ、カリリッ!
(だんだんスッキリしてるなぁ)
大元のかゆいところから離れていても、気持ちいいのは変わらない。
チリチリする感触と共に耳垢が離れていくたび、かゆみがとれるスッキリした感触も生まれてくる。
きっとティッシュの上に散らばる、もう片方の耳よりも多くとれた耳垢がそのスッキリ感をうんでいるのだろう……。
――ガザザ・・ザリ……カリ!カリッ!・・ガザ……ガサ、ガサッ!
「ふう、だいたい取れた。次、奥入れるね。……思ってるより奥に入れると思うから、絶対に動かないでね?」
「わかった、任せるよ」
――ガリッ……!
(おおっ・・!)
本当に、思った以上に深いトコロへ耳かきが入ってきて、思わず肩と背中のあたりに力が入ってしまう。
「大丈夫?痛かった??」
「いや、ちょっとびっくりしただけ。続けてくれる?」
「ん、痛かったらいつでも言ってね」
――ガザッ、ガリ……カリ、ガゾッ・・ミチ、ガリ……!
大きな耳垢の底を、耳かきの先がつつき、はがすように、ミチミチと音が鳴って耳壁から剥がれていくのがよくわかる……。
――ガガッ・・ゴ……ゴリッ!ガリ・・ガリリ…ガサ、ガザ……!
――ミリ、ミリリ……ガササ・・ゴ、ゴリ…ガゾゾ……ガリリ……!
「もう少しで取れるよ・・」
彼女の言う通り、さじの部分が剥がれた取っ掛かりに触れている感触が耳にあった。
「んっ・・もうちょっと……!」
――ミリリ・・ガザッ、ガガ……カリッ、カリッ・・ゴ、ガッ、ガザザッ!!
「っ!!」
乾いた大きな音が、耳のなかでバリバリッという音を立てて耳垢が爽快感を伴って剥がれていく。まるで耳の穴が広がったような、耳の壁が削れたかのような錯覚を覚える。
それほどまでに、ジンジンと熱をもった、耳垢が元あった場所は、スッキリしていて気持ちが良かった。
「すごくおっきいよ、コレ。こんなのよくため込んでたね」
彼女も呆れたような、それでいて微妙に嬉しそうな様子だ。ティッシュに乗せられた「大物」の耳垢は、幼い頃の記憶に残る、初めて耳かきをしてもらったときの「大物」に劣らないサイズだった。
「……うん、我ながらこれはすごい、色んな意味で」
「でしょ?・・それじゃ、綿棒で細かいの掃除するね」
「うん、お願い」
――ガザ・・ジリ……ショリ・・ガサ……スス、ザリッ…!
もう片方の耳よりも広く、けれど鈍く快感を感じる耳を、綿棒の先が擦り回っていく。
(おー、ザリザリいってる・・気持ちいいなあ……)
「あ、もうダメになっちゃった」
突然の、彼女の残念そうな声。
「ダメって・・綿棒が汚れすぎた、ってこと?」
「うん、ちょっと待ってて、」
彼女が耳垢と同じくティッシュの上に捨てた綿棒は、もう片方の耳に使ってたモノよりも黄色くよごれていた。感覚が鈍く、さっきよりも気持ちよく感じたのはこっちの方が溜まっていたかららしい。
「お待たせ。じゃあ、入れるよ・・」
――ショリ、ガサ、ガザザ……ジリッ・・ショリ……カササ……
――スス……ジリ……カサッ、ガサッ・・スス・・ザリ、カサ……
「…………よし、キレイになった。じゃ、ラストのフワフワ、やるね」
――フワ、ファサ……
フワフワが入ってくる速さはとてもゆっくりと撫でるようなもので、まるで彼女が「もう二度と乱暴なのはしないこと」と、諭しているようだった。
――モフ……ササ・・フワ……ファサ、フワッ…モフ、モフッ……
――フワァ……フワッ、ササ……モフ……モフ……フワ、ササ・・ファサッ……
「・・ハイ、おしまい。どうだった?」
「気持ちよかったし、スッキリしたよ。ありがとう」
ちょっとイタイこともあったけれど、お世辞抜きの純粋な賞賛だった。
耳かき中のスッキリや爽快感もそうだが、なんだか頭が軽い気がする。彼女の声もさっきよりよく聞こえた。
「じゃあ、今度は私にやってくれる?」
「耳かきを?でもよくやってるじゃないか」
「違う違う、マッサージやって欲しいの、脚の。けっこう重いんだから、人間ひとりぶんの頭って」
「・・なるほどね」